第一章

冷凍カレーという答

今からおよそ20年前 ────────。
当時、ゲームソフト開発メーカーにプロデューサーとして勤務していたタケムラダイは、日夜、制作業務に追われる日々を過ごしていた。

この業界の一日は長い。
早朝から深夜にかけての業務は日常茶飯事であり、時には日が昇るまで延々と作業を続けることさえあった。
長時間にわたる過酷な勤務。食事で口にする物といえば、カップ麺やコンビニ弁当といったその場しのぎの食べ物ばかりだった。

「流石に、毎日これでは……」

タケムラはそうつぶやくと、何か他に変わったものはないかと探してみた。
そこでふと目につき、手取ったのが冷凍食品だった。
しかし当時のタケムラが冷凍食品に抱いていたイメージは「手抜き」「味が劣る」などのマイナスなものばかりであり、
毎日しっかりとお手製の料理が並ぶ家庭で育った彼にとって、正直、あまり好ましい食品とは思っていなかった。

ただ、それは彼だけに限ったことではなく、
おそらく冷凍食品を敬遠していた当時の人たちが、あまねく抱いていた感情だったはずだ。

その時タケムラが手にしたのは、何の変哲もない冷凍の「ミートソーススパゲティ」。しかしそれを食した次の瞬間、彼の中で何かが弾ける音がした。

「これが…冷食!?」

それは、彼の想像を遥かに超える美味しさだった。

タケムラの中で、冷凍食品のイメージがガラリと変わった。
(そうか、食べる側にとっては手抜きといわれる冷凍食品だが、決して味が劣るものではないのか…)
料理としての高いクオリティを、冷凍技術によって時空を超えて食卓に届ける、まさに「魔法のような食品」だったのだ。

その体験で目から鱗が落ちたタケムラは、
それからほぼ毎日、様々な冷凍食品を味わっていった。
その数、年間1,000食以上…これまでの20年間で、およそ2万食を数えるまでになった。

やがてタケムラの冷食好きはいつしか世間一般にも知られ、
テレビやラジオ、雑誌など多くのメディアに取り上げられることとなった。

折しも2020年頃より世界中で猛威をふるったコロナ禍によって自宅での食事需要が高まり、
自ずと人々が冷凍食品を口にする機会も増えていた時のこと。
このとき、かつてのタケムラがそうであったように、
世界中の人々が冷凍食品の美味しさを再認識したようだった。

「冷凍食品は便利で美味しいもの」

改めてそう感じた人々は、より美味しい冷凍食品を探しアンテナを張っていった。
そして、人々が張り始めたアンテナに向けて、
タケムラは「一人でも多くの人に美味しい冷食を知ってもらいたい」との願いから発信を続けた。

そんな中、タケムラに新たな思いが芽生える。

今、多くの人が、美味しい冷食を求めている。
ならば冷凍食品マイスターとして活動を続ける自分が、
人々が求める冷食を自らプロデュースし、全国に届ける事はできないだろうか?
かつてゲームプロデューサーとして日々何かを作り出していた根っからのクリエイター気質が、
彼にそうした思いを抱かせたのは至極当然の帰着だった。

タケムラは考えた。
冷凍食品にこだわる自分が手がけるのであれば、誰もが美味しいと感じるものでなければならない。
冷凍食品が他の製法に勝る点。
それは作りたての状態を、ほぼ完璧に維持できるところだ。

「そうだ!作りたてと遜色のない味を、より再現できるものを探せばいい!」
だが、どれほど冷凍技術が向上しているとはいえ、作りたてのものと冷凍食品を並べたら、違いが一目瞭然でわかってしまうのも事実だった。
差が生じてしまうのは必然とはいえ、極力それが感じられないメニューとは……

「…… カレーだ!」

熟考の末に彼が導き出した答。
それこそが、冷凍カレーであった。

カレーの美味しさの肝は、味はもちろんのこと、その香りにある。
既存のレトルトカレーも日進月歩のたゆまぬ努力により非常に美味しくなってはいるが、
高温殺菌という避けられぬ製法ゆえに、素材本来の旨みや、香りの欠損は否めない。
だが、作りたてのものを瞬間冷凍したカレーであれば、
素材の旨みや香りも完全に近い形で再現できる。

冷凍カレー ────────。
20年間冷食を愛し、冷食を食べ続けてきた男が導き出した、究極の答がそこにあった。